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最高裁判所第二小法廷 昭和59年(行ツ)236号 判決

名古屋市中区大須三丁目一九番二九号

上告人

奥村産業 株式会社

右代表者代表取締役

奥村昌美

右訴訟代理人弁護士

関根栄郷

藤村義徳

嶋倉釮夫

名古屋市中区三の丸三丁目三番二号

被上告人

名古屋中税務署長

青木恒雄

右指定代理人

篠原安彦

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和五五年(行コ)第一九号法人税課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五九年二月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人関根栄郷、同藤村義徳、同嶋倉釮夫の上告理由について

本件課税処分を適法とした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤島昭 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 香川保一)

(昭和五九年(行ツ)第二三六号 上告人 奥村産業株式会社)

上告代理人関根栄郷、同藤村義徳、同嶋倉釮夫の上告理由)

昭和四五年三月一九日付再更正処分(以下本件更正処分という)は違法な裁決に拘束され、何等の調査にも基かずなされたものであって、更正権の濫用ともいうべきものであり、また、その内容にも事実誤認があり、違法であるにもかかわらず、これを適法と判断した原判決の判断は法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽の違法をおかしており、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。

一 裁決の違法性について、

(一) 上告人は第一審において、

「一、本件裁決は審査理由2、(4)において、

「以上のほか昭和三七年五月三一日現在の預金のうち奥村昌美の個人資金が包括的に含まれているとしている原処分認容額七五、〇〇〇、〇〇〇円について検討するにその資金内容は奥村昌美の昭和二九年分における名古屋市中区広小路土地五五、六〇〇、〇〇〇円および昭和三〇年分における名古屋市中区裏門前町土地建物一九、四〇〇、〇〇〇円の売却金額よりなるものとして認容されているが、同金額は昭和二九年七月東京都中央区銀座西八丁目九番地土地取得資金に、五五、〇〇〇、〇〇〇円および昭和三〇年同所建物建築資金に三七、〇〇〇、〇〇〇円の計九二、〇〇〇、〇〇〇円が費消されたものと認められるため上旧預金の中に個人の土地建物の売却代金を原資とした個人資金分七五、〇〇〇、〇〇〇円が含まれているとし更正した原処分は相当ではない。したがって同預り金に対して各事業年度において支払利息四、一二五、〇〇〇円を損金として認容した原判決は取り消す」としている。

二、ところで昭和四三年一〇月二九日付異議申立決定(甲第二号証ノ一)において、名古屋中税務署長は「名古屋市中区広小路通り7×の宅地及び名古屋市中区裏門前町1×の宅地ならびに店舗についてはそれらの資産が、奥村昌美個人の名義になっており、その売却事実も相当の理由があるので会社の申立てを認める」とし、その結果同日付更正処分によって期首預金中七五、〇〇〇、〇〇〇円は訴外奥村昌美の個人預金を会社が預かっているものとして同金額に対応する利息金四、一二五、〇〇〇円を減算し課税を訂正したのであった。

これに対し原告は右利息の算定利率につき「審査第二事業年度から審査第五事業年度の各事業年度における奥村昌美および奥村豊に対する貸金について年利率一〇%を適用して利息を認定しているにかかわらず昭和三七年五月三一日現在代表者奥村昌美からの預り金七五、〇〇〇、〇〇〇円については年利率五・五%の支払利息しか認容されていない。したがって受取利息の利率一〇%と支払利息の利率五・五%とを一定利率に統一し、受取利息および支払利息を算定すべきものである。」として審査請求に及んだのである(甲第三号証1、(3))。

しかるに、本件裁決は前記の如く、異議決定が期首預金の中で奥村個人に帰属するものと認めた右七五、〇〇〇、〇〇〇円の発生に関する事実関係にまで立ち入り、結局右七五、〇〇〇、〇〇〇円は、個人資金分としては認められないとして、「同預り金に対して各事業年度において支払利息四、一二五、〇〇〇円を損金として認容した原処分を取消す」としたのである。

たしかに右は理由中の判断として掲記され判決主文としては「審査請求を棄却する」とされているけれども、「原処分を取消す」とはっきり判断を示している以上、それが形式的に理由中に掲記されていたとしても主文に明示されたと同一の効果を原処分庁に対して発生させることは当然であって(もし主文に明示すると不利益変更の禁止に低触することを意識して形式的に理由中の判断にしたとするならば、それはまさに脱法行為に等しい)、まさに実質的に審査請求人の不利益に当該処分を変更したものというべきである。」

として、結局本件裁決は行政不服審査法四〇条五項但書、国税通則法九八条二項に違反し、審査請求人たる原告に対し不利益に原処分を変更したものであって取消されるべきものであることを主張した(昭和五四年一二月一二日付準備書面第一)。

(二) 第一審は、上告人の右主張に対し

「審査請求手続は原処分の違法・不当性をあらゆる角度から審査し、法による行政の執行と適性な行政運営を図らんとするものである。

従って、審査の対象は、原処分庁が認定みた課税標準及び税額の当否全般に及ぶものというべきであるから審査の範囲も所得金額に対する課税の当否を判断するに必要な事項全般に及ぶものと解するのが相当であり、原処分の段階において、蒐集、調査されていなかった資料等に基づいて新たな事実を審査、認定し、またその理由に基づいて処分の当否を判断し得るものというべきである。」したうえで、

「原処分と異なる理由によって、あるいは審査請求人の主張する理由と異なる理由によって、原処分を維持し、審査請求を棄却することは、数額の増額をもたらすものでない以上、不利益処分にあたらないことは明らかである。

本件裁決は被告税務署長がなした再更正処分を維持し原告の審査請求を棄却したものにすぎず、納税額の増加をきたすものではないから、何ら不利益変更処分にあたらないことは明らかであって、原告の主張は理由がない。

なお、原告は形式的には裁決の理由中ではあっても、「原処分を取消す」旨の表示がなされている以上、主文に明示されたと同一の効果を原処分庁に発生させることは当然であって、実質的には原告に不利益に原処分を変更したことになるなどと主張する。

しかしながら、右表示は、表現方法としては必ずしも適切ではないが、その判断理由を示す過程で単に原処分の認定を否定したにすぎず、もとより右判断が原処分庁に対し拘束力を有するものでもないのであるから、原告の右主張も理由がない。」

との判断を下し、原審もこれを全く踏襲する判断を下した。

(三) しかしながら第一審及び原審の右判断は、次の諸点において到底承服することのできないものである。

1 審査請求における審理の対象が審査請求人の提起した争点に限られるか(争点主義)それとも所得の総額か(総額主義)の論議はさておくとしても、そもそも審査請求制度の目的が納税者の権利保護にあり、その審理が審査請求人の主張する不服の理由の存否(争点)について行われることからすれば、まず審理の対象は争点にあることは明らかである。

そして、この争点の存否の審理に際しては、その争点が原処分庁の処分自体(事実認定、法定評価それ自体)であるときはともかくとして、原処分庁の処分における審査請求人についての有利な事実認定を前提として、その事実認定から派生する問題を争点としているようなときは、裁決庁は原処分が認定した審査請求人について有利な事実認定については審査請求人の不利益に、原処分の認定と異なる事実認定をすることは出来ないものというべきである。そうでなければ審査請求人は何のために審査請求をしたか、わからないこととなり、審査請求制度の目的に背馳することになり、まさに結果においてまた実質的防禦面において納税者に不利益を与えることとなろう。

本件において、上告人のなした審査請求の理由は、原処分庁が期首預金中七五、〇〇〇、〇〇〇円については簿外資産から除外し奥村昌美からの預り金であると認定した上告人に有利な事実認定を前提として、その預り金に対する支払利息の年利率の不当性を争点としているのであって、裁決庁は、この争点の存否のみを判断すべきであるにもかかわらず、その争点の前提である七五、〇〇〇、〇〇〇円の発生、帰属にまでさかのぱり原処分の事実認定を覆えしているのであって、このような判断をした本件裁決は、審査請求の目的に背馳し、権限なく実質的に審査請求人たる上告人に対し不利益な判断をしたものとして違法であるというべきである(山田二郎「増補税務訴訟の理論と実際」一〇四頁参照)

2 第一審及び原審は、「審査請求手続は原処分の違法・不当性をあらゆる角度から審査し、法による行政の執行と適正な行政運営を図らんとするものである。従って、審査の対象は、原処分庁が認定した課税標準及び税額の当否全般に及ぶものというべきであるから審査の範囲も所得金額に対する課税の当否を判断するに必要な事項全般に及ぶものと解するのが相当であり、原処分の段階において蒐集、調査されていなかった資料等に基づいて新たな事実を審査、認定し、またその理由に基づいて処分の当否を判断し得るものというべきである。」とするが、この判断はまず審査請求手続が審査請求人の利益のための制度であるということを没却している点で不当であり、次にこのような審査請求における審査の対象が課税標準にあるとすれば、審査請求人の主張する不服の事由(争点)について理由があっても、他の課税もれ部分をとりこんで裁決することができるという極めて不合理な結果を招来することになるのであって、これまた不当である(桜井四郎「更正決定と納税者の権利救済」税務経理協会法人税更正事例紹介一一頁~一二頁)。なお、のみならず、本件において裁決庁が原処分庁の段階において蒐集、調査されていなかった資料等に基づいて新たな事実を審査したということは、本件における全証拠によってもこれを認めることは出来ないのである。

3 第一審及び原審は、本件裁決が「原処分を取消す」旨の表示をしていることは表現方法としては必ずしも適切でないとしながら、結局は判断理由を示す過程で原処分の認定を否定したにすぎず、原処分庁に対し拘束力を有するものでなく、また本件採決は原処分庁のなした再更正処分を維持し、審査請求を棄却したものにすぎず、納税額の増加をきたすものではないから、何ら不利益変更処分にあたらないことは明らかであるとするのであるが、これは形式理論であって到底承服し得ないところである。

先に述べたところからすれば、裁決庁において本件における如き争点を審理するに際して原処分の認定を審査請求人について不利益に否定することは本来許されないものというべく、また理由中にせよはっきり「原処分を取消す」と明言していることは決して原処分庁のなした再更正処分を維持したと、云い得るものでないことは明らかであり、この判断は現実にまた実質的に原処分庁を拘束しているものというべきである。けだし、原処分庁としては、ここまではっきり「原処分を取消す」と明言されれば原処分を更正することは当然であって、そのことは裁決者においても裁決時において容易に推認し得たはずである。してみれば裁決者は本件裁決により原処分庁が再々更正処分をすることを正に、意図して本件裁決をなしたものといわなければならない。そのような効果を意図してなされた本件裁決は、形式的に不利益再処分をしたのと、全く同一の効果を有するものであって違法なものである。

4 そして本件裁決の結果、現実に原処分庁である名古屋中税務署長は、右裁決の後である昭和四五年三月一九日原告に対し更正処分をなし、昭和三九年六月一日から同四〇年五月三一日までの事業年度、同四〇年六月一日から同四一年五月三一日までの事業年度及び同四一年六月一日から同四二年五月三一日までの事業年度についていずれも前記裁決の判断どおり各事業年度において夫々、四、一二五、〇〇〇円を受取利息の計上もれとして、あらためて加算してきたのである。

この更正処分のなされた直接の原因が本件裁決にあることは、渡辺則是証人が昭和五一年六月二八日の証人尋問において「本件裁決書によりますと、広小路の土地売却金額は、東京都中央区銀座西八丁目九番地の取得資金及び建物の建築資金に使われておるということが判明します。それで、私のほうは初め異議申立で七、五〇〇万円の一部取消をしたわけですが、審査裁決書の結果がこういうふうに出ましたので、再度、昭和二八年頃に名古屋国税局調査査察部の査察調査を当法人が受けておりますので、それの課税資料を調査しました。」(調査二丁)と明言していることからしても明らかである。

したがって裁決の時点において審査請求人に対して不利益な更正処分の行なわれることを意図し、現実にその結果を招来せしめた本件裁決は、実質的に行政不服審査法四〇条五項但書、四七条三項但書、国税通則法七五条(昭和四五年法八号による改正前)に違反する違法なものというべきである。

二、本件更正処分の違法性

(一) 本件更正処分は、前記の如き違法な裁決に拘束されてなされたもので違法である。本件更正処分が裁決に拘束されてなされたものであることは次に述べる諸点から明らかである。

1.本件更正処分は、時効の関係から第三、第四、第五の各事業年度についてなされたものであるが、第一、第二、事業年度についても、裁決で指摘されたとおりの変更が行われている。このことは、上告人昭和五七年九月一六日付準備書面添付の各事業年度の一覧表から明らかである。すなわち、

(1) 第一事業年度について裁決は、3において「審査第一事業年度の東京営業所別口売上げのうちには審査請求人の主張のとおり重複計上四、五七〇、八七〇円が認められる。そのため同金額から経費過大認容額一、二一一、二八一円を控除した三、三五九、五八九円を所得金額から取り消す。」としているところ、被上告人は第一審判決添附別表(二)において第一事業年度の減算の部において、次の通りの減算を行い、裁決通り一、二一一、二八一円を経費から控除している。

給与賞与計上もれ △ 二九七、一〇六

接待交際費計上もれ △ 七七、七〇五

修繕費計上もれ △ 三、六五七

雑費計上もれも △ 八三二、八一三

計 △ 一、二一一、二八一

なお、この一、二一一、二八一円の減算の根拠及びその各科目の数字的振りわけについて被上告人は、昭和四六年一月二九日付、同年五月一四日附、同年一〇月八日付及び同四七年一月二一日付各準備書面を提出しているが、その主張するところは、片々として変わり、まさにつじつまあわせに終始しているというのほかない。この内容については、上告人昭和五八年五月一九日準備書面添付の一覧表記載のとおりであるが、被上告人は次に述べるような単純な計算を看過したために、殊更多言を用いて、つじつまあわせをしているのである。すなわち、

まず先に提出した三つの準備書面においては、そもそも各科目の経費率を乗ずる、東京支店の売上除外の数字を、三一、九八〇、六七〇円から裁決で指摘された売上重複計上額四、五七〇、八七〇円を引いた二七、四〇九、八〇〇円とすべきなのに元の数字三一、九八〇、六七〇円に経費率を乗じた誤りに気がつかなかったのが原因で混乱を生じ、雑費にそのしわよせがなされており、かつ二七、四〇九、八〇〇×〇・一八二=四、六一五、五九八としているが、これは四、九八八、五八四であって、この誤りにも気づいていない。昭和四七年一月二二日付準備書面は、これらの点の誤りには気づいたものの、雑費計上もれの四、九九四、〇六六円については、雑費の経費率が売上除外二七、四〇九、八〇〇円に対する〇・一八二二であることに気がつかず、(昭和四三年一〇月二九日更正における経費率は〇・一八二二であるにもかかわらず、これを前の準備書面と同じく〇・一八二であると見誤ったものであろう)、したがって雑費計上もれについて前の準備書面のように経費率を明らかに出来ず、他の経費のしわ寄せの結果としか説明し得なかったものである。

(2) 第二事業年度について裁決は5において「審査第二事業年度の奥村昌美所有建物の別途支出金額は、審査請求人の主張するとおり九〇〇、〇〇〇円が相当と認められ、原処分額四、二〇〇、〇〇〇円のうち三、三〇〇、〇〇〇円は過大と認められる。しかし当該金額三、三〇〇、〇〇〇円は奥村昌美に支給したものと認められるので所得処分の変更となり、保留処分とした原処分を奥村昌美に対する益金処分の賞与とする。」としているところ、被上告人は原判決添付別表(二)において、裁決の指摘通り、社長貸付金から三、三〇〇、〇〇〇円を減額し、損金計上役員賞与にこれを加算している(このことは被上告人昭和五七年七月八日付準備書面一、1、において被上告人の自認するところである)。

(3) 第一事業年度及び第二事業年度においても、四、一二五、〇〇〇円を預金利息計上もれとして加算している(第一事業年度については被上告人昭和五七年七月八日付準備書面一、1、において被上告人の自認するところである)。

(二) 本件更正処分は、何等調査に基づかずなされたもので違法である。

1. 第一審及び原審は、審査請求における「不利益変更禁止の原則は、当該手続内において増額決定をすることを禁止するにとどまるのであって、改めて別個の手続で再更正処分をすることは、訴訟係属中であっても、更正の期間内である限り何ら差支えない」とし、本件更正処分は、「本件裁決の理由中に、前記各物件の売却代金は本件期首預金の原資とは認められない旨の前記判断が示されたことから、被告税務署長は右不服申立に関する一連の手続とは別個に、改めて資料を調査し、前記再更正処分に及んだものであって、この点に何らの違法は存しない。」とする。

しかし、この第一審及び原審の判断は、ここにおいても形式論理にすぎないのであって到底承服し得ないものである。

2. 上告人が指摘したいのは、本件更正処分が前述の如き内容的に違法な裁決を直接の原因として、原処分の時の昭和二八年当時の調査資料のみに基づいて何らその後の新しい事実調査資料に基づくことなく、原処分の事実認定を覆えしたという点である。

(1) 被上告人は、本件更正処分につき「右更正処分は名古屋市中区広小路通り七丁目の土地及び中区裏門前町一丁目の土地店舗の登記名義人が、いずれも原告代表取締役奥村昌美(以下「昌美」という。)であるとの、原告の言い分を認否した結果(昭和五一年六月二八日渡辺則是(以下「渡辺」という。)証言一ないし二丁)「右各物件が昌美個人の名義になっており、その売却事実も相当の理由があるので、原告の申立てを認める」右異議申立決定の理由を示し(甲第二号証の一)、右物件売却代金七、五〇〇万円が昌美個人に帰属すると判断して異議申立決定をなしたところ、右異議申立決定に対して原告から審査請求が提起され、裁決庁において審理の結果裁決書の2の(4)(甲第三号証七ないし八頁)において、右代金が他の固定資産の取得に充てられたため、個人預金の原資となっていない旨の判断がなされた(昭和五二年八月一七日平川正雄(以下、「平川」という。)証言三七丁裏ないし四〇丁)ので、その判断理由に基づき原処分庁においてさらに証拠収集して新たに調査した結果(昭和五一年六月二八日渡辺証言二丁)、名古屋市中区広小路通り七丁目の土地建物の登記名義人は昌美個人であるが、実質の所有者は原告であること(乙第八四三、八三七号証)、当該物件は原告が奥嶋商事から取得していること(乙第八三五号証)、中区裏門前町の土地建物を昌美等から原告が、簿外の資金で取得したこと(乙第八三五ないし八三九号証)の各事実及び新しい資料が判明し、結局右物件はいずれも実質的に原告に帰属し、当該物件の売却代金は原告に帰属することが明らかとなった。そこで被告税務署長は租税負担における課税の公平の見地及び実体的真実が明白となったことから、国税通則法七〇条に規定する国税の更正、決定等の期間制限内において新しい資料と理由に基づき、原告の所得金額を算定し直し、右再更正を為したもので、何ら更正権の濫用には当らない」と主張する(第一審昭和五四年一一月九日付準備書面一、(四))。

そして、この点につき、渡辺則是証人は「審査裁決書の結果がこういうふうに出ましたので、再度、昭和二八年頃に名古屋国税局調査査察部の査察調査を、当法人が受けておりますので、それの課税資料を調査しました。」(五一・五・三一調書二丁なお、五八・二・八調査六丁裏以下)とし、乙第八三四号証ないし同八三九号証までの昭和二八年当時の査察資料を根拠に、結局広小路の土地建物及び裏門前町の土地建物は登記名義は奥村昌美個人であっても、実質の所有者は法人であり、したがって、七、五〇〇万円は個人の預金ではないことが判明したとしている(同調書二丁裏ないし五丁、二八丁裏ないし三〇丁裏、五一・六・二八調書ないし一〇丁、二九丁)

しかし他方、同証人は「まさかこんな裁決が出るとは夢にも思わなかった」(五八・三・二二調書二六丁)「びっくりしたというのは、本当にびっくりしたわけですね、何かないかということで、査察があったというのは知っておったもんですから。まさか、そんな古い書類があるとは夢にも思っていなかったですが、裁決をもらった以上、私のほうも正直言って、自分のほうの調査に自信がなくなるわけでございますね。その関係で、倉庫のほうへ何日も捜しに行ったということです。」(同調書二九丁裏)そして、たまたま、乙第八三四号証から乙第八三九号証があったから、ここだけ抽出しほかの査察の資料は見ていない、乙第八三四号証以下がみつかったという段階で、新たに登記簿謄本と照合もやっていない、まして奥村昌美個人名義の不動産がいつ取得されて、登記簿上いつ処分されているかとか、あるいは現在もその名義であるとか、枝番との関係等で特に調査していない(同三〇丁表、裏)。というのであり、これを要するに裁決の結果にびっくりし、乙八三四号証ないし同八三九号証のみにより、反面調査も一切なさぬまま、本件更正処分を行なったというに尽きるのである。

(2) そして、かりに乙八三四号証ないし同八三九号証によったとしても、この資料は本件更正処分より一七年も前の資料であり、その内容自体極めて不正確なものであり、特に甲第一三号証ないし同一五号証と対比すれば、中区裏門前町一丁目五二番の四と六八の各土地は前記乙号証の作成以後に奥村昌美が取得していることは明らかであって、それを昭和二五年に上告人会社が奥村昌美から買取れるはずがない。しかも乙第八三六号証及びないし八三七号証の作成名義は第二物産株式会社なるものであり、直接の当事者ではない。そもそもこの乙八三四号証ないし同八三九号証の資料は昭和二八年当時の査察の際の資料であり、これはその内容等からみて奥村昌美の認定賞与に関連して作成されたものであることが推察され、奥村昌美ないしは会社が、昌美の認定賞与を否定するため殊更昌美の個人所有不動産も会社の所有であるとし、或は昌美の生活費も会社に対する個人物件売却代金により捻出したかとの如き体裁を作ったものと考えられ、必ずしも真実を反映しているといえないものである。

(3) 更正処分をなすには、調査が必要である。(国税通則法二四条、二六条、国税通則法制定前の法人税法二九条、三一条)。そしてこの調査については調査の方法、時期等についての具体的な手続規定は全く設けられていないから、その手続面に関しては、税務官庁に広汎な裁量権が認められているものと解されるとしても、「調査により」という注文の規定は、調査が課税処分の一つの手続き的適法要件であることを示すものであることは明らかであり、全く調査をせずまたは見込みで課税をすることは許されず、また課税が他の目的で全く根拠なしに行なわれた場合、さらには裁量権を逸脱して行われた場合は当該更正処分は適性手続要件に違反するものとして取消されるべきである(京都地判昭和四七年四月二八日行裁例集二三巻四号二六六頁、小島建彦「税務調査」租税法講座三巻一〇一、一〇二)。これを本件にみるに、本件更正処分の前提として行われたとされる調査は先に述べたように、裁決の判断にびっくりしてその判断通りの再更正処分をするため急拠一七年も前の査察の資料を当たったところ、たまたま前記乙号各証を発見し、他に何等の反面調査もせず、それのみによって本件更正処分を行なったというのであり、到底調査という名に値しないものであるといわなければならい。のみならず、昭和四三年一〇月二九日の異議決定に基づく更正処分時において、昭和二八年に査察が行なわれていることは被上告人において当然判明していたはずであって、前記乙号各証の査察資料はその手中にあったにもかかわらず、全く一顧だにしていなかったものであり、このことは一顧するだに値しなかった資料であった証拠であることを如実に示しており、このような資料を一七年後において使用することは極めて不当であり、許されないところである。

以上の諸点からすれば、まさに本件更正処分は何等調査に基づかず、ただ裁決の理由に拘束されたものであるといわなければならず違法である。

(三) さらに、本件更正処分が行なわれたのは昭和四五年三月一九日であって、昭和二八年から一七年の年月が経過しており、しかも、昭和二八年の調査の時点において奥村昌美個人名義不動産の法人帰属の問題は税務当局によって全然提起されず、査察の結果の決定でも法人の資産であるとの決定はなされなかったのである。しかのみならず、その後一七年間の長きにわたり法人税申告、調査あるいは更正処分を含む課税処分においても、この問題に関する指摘はなく、したがって訴外奥村昌美は昭和二九年広小路の土地建物を個人財産とし売却し、個人として譲渡所得の申告もし、納税もしているのである。

課税庁が、昭和二八年に調査をしながら一八年間の長きにわたり法人帰属と認めなかった(その後の後正処分等でも認めなかったのであるから消極的な意味にせよ課税庁としての明示の行動があったというべきである)個人財産について、その後のなんらの新しい資料に基づかず、裁決に事実上拘束されて昭和四五年に至って法人財産であると認定するという自己の過去の言動に反する主張をし、一度に過年度に遡って多額の課税としてきたものであり、これを容認すれば、その間個人財産と信じてきた個人及び法人に対して甚大な支障、不測の損害を招来する結果になることは言をまたずして明らかである。

これはまさに、田中二郎氏も正当な考え方とされる東京高裁昭四一・六・六判決のいう「長年にわたって課税庁が非課税と信じてそのつもりで経営経理を続けてきているとき、一度に過年度に遡って多額の課税をすることにより、納税者は甚大な支障、不測の損害を受けることがないとはいえず、事祥いかんによってはその救済が考慮されなければならぬ場合」に該当するものであって、禁反者の法理に違反し、あるいは更正権の濫用として違法なものであるといわなければならない(田中「租税法」一一九頁、東京地裁昭四〇・五・二六判決、松沢智「税務争訟の基礎知識」七七頁、八二頁以下)。

以上の諸点から、原判決の判断は国税通則法二四条、二六条の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽の違法をおかしているというべく、右違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れないと思料する。

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